この人に会いたい!
インタビュー

日本パラ陸上競技連盟常務理事 花岡伸和さん

日本パラ陸上競技連盟常務理事
花岡伸和さん

「誰もがのびのびとチャレンジできる世界に」
人はこんなにも素晴らしくなれるのか、と感じた昨年のパラリンピック。まだ記憶に新しい方も多いかと思います。
今回は、そんな人たちを支える、日本パラ陸上競技連盟常務理事であり、元アテネ・ロンドンパラリンピック車いすマラソン選手の花岡伸和(はなおかのぶかず)さんにお話をうかがいました。

人生を変えた2つの出会い

一つは地元の障がい者スポーツセンターに車いす陸上の練習を見学に行き、山口悟志さん(ソウル1988 パラリンピックとバルセロナ1992 パラリンピックに出場)に出会ったこと。
競技用の車いすやウェアを譲ってもらったり、仕事と競技の両立の仕方を教えてもらったりして大変お世話になりました。もう一つの出会いは妻。
手話サークルで出会ってから8年で結婚しました。ご両親の反対を押し切って、妻が家を飛び出す勢いで、やっとお義父さんが折れてくれたんです。それからは、とても仲良くお付きあいをしてくれています。特にわたし達に子どもが生まれてからは、より一層ですよね(笑)

挫折からピークへ

車いすマラソンの道を志してからは、昼間は高齢者施設で働き、夜は競技の練習の日々。
シドニー2000 パラリンピック強化指定選手にも選ばれましたが、本大会への出場は叶わず。2002 年にはトラック1500mとマラソンで日本記録を樹立しアテネ2004を目指しました。
その結果車いすマラソンで6位入賞という成績を残しましたが北京2008は代表選考落ち。燃え尽き症候群みたいな状態になりました。成績も伸びず2007 年までは辛い時代でした。
自分の力ではどうにもならないことってあるんですけど、スポーツは頑張れば成果は出る。そう言い聞かせて2007 年以降は少しずつ成績が上がり、光が見えてきた一方で自分の限界も見えてきました。そして2012 年のロンドンパラに目標を定め、ピークを持って行くようにしました。
目標はアテネの6位よりも上位、そして先頭集団から離れないこと。結果は5位。目標が達成でき、すがすがしい気持ちで引退をすることができました。

常に自分を疑うことが大切

引退後は車いすレースを後世に残すことが自分の生きた証にもなるとも考えていたので後輩の育成に力を注ぐことにしました。
大学院のエリートコーチングコースを受講しました。オリ・パラ等の経験者のみが受講できるコースだったので自分の経験や感覚をもとに研究をしていくのかと思っていたら、違ったんです。むしろ経験や感覚はバイアス(偏見・思い込み)、つまり学びの敵であって、プラスにはならない。自分をしっかり分析・理解して、それを取り除くことがスポーツに限らず研究・成長にはとても大切なことなのだと学びました。コーチは常に自分を疑うことが大切だと考えています。
世の中にセオリーはあるけれど、それはただ「一般論」なわけで、それがハマるかどうかを見定める人でなくてはなりません。昨年のパラリンピックに出場した選手にも小さい頃から関わってきました。彼も初めは上を目指していなかったんです。ご両親が障がいのある息子を心配してか、どうしたらいいのかわからなくて「うちの子はそこまでは無理」とお子さんの前でも口にしてしまうんですね。それが子どもの頭にもインプットされてしまうんです。
だからわたしは彼に「決めるのは自分自身だ」と言い続けました。それは、わたしが選手だった時の先輩に言われた言葉でした。「練習方法もその先も、とり入れるかどうかすべて決めるのは自分」なんだと。自分で決めたこと、気づいたことは最後まで忘れないんです。だから選手には成功体験を味わってもらえるように常に考えています。
成功体験に裏打ちされたチャレンジを他の誰かに認めてもらえると自己効力感を得ることができるわけです。人は一人だけでできることは少ないけれど、協力すれば色々なことができるようになるんです。だからコーチは「待つ」ということが大事。どうしてもいろいろ言いたくなっちゃう(笑)。でも、待つんです。

スポーツで人づくりをしたい

将来は障がい者をサポートし育てる法人を作りたいと思っています。
たくさんの可能性があるのに、親も本人も無意識のうちに限界を決めてしまうのはもったいない。誰もがのびのびとチャレンジできるような社会にしたい。ゆくゆくは仕事の能力も伸ばして、「障害者雇用率達成」のためではなく本当に必要とされる人材を育てたいです。
見守ってくれる人がいること、誰かに関心を持ってもらえることは本当に心強いんです。ダイバーシティ(多様性)という言葉が形だけでなく、本当に全ての人に当てはまる言葉としてとらえられる社会にしたいと思っています。

座右の銘は「志あれば道あり」

先がなかなか見えなくとも、色々な角度から見方を変えれば進む方向も必ずあるはず。そう信じて進みたいと思っています。

はなおかのぶかず
1976年大阪生まれ。高校で大阪府の柔道国体強化指定選手になるがバイク事故で下半身不随となる。
リハビリ期間中に車いすマラソンと出会う。
アテネ2004パラリンピックのマラソン男子6位、ロンドン2012パラリンピックで5位入賞。
同年引退。2017年、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。
現在はコーチのほか、日本パラ陸上競技連盟常務理事として選手強化や普及活動を行っている。


2022/7/25発行

インタビュアー: もりあやこ

わたしには計り知れないご苦労もたくさんあったはずなのに笑顔で答える花岡さんの言葉は、なぜかポジティブなパワーに満ちあふれていました。
未来を穏やかに語りながらも、とても強い意志がにじみ出ていて、わたしも動かなくちゃ!という気持ちになりました。



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